伊賀牛の味を楽しむ名阪茶屋。すき焼き・あみ焼き・会席料理など伊賀肉料理が楽しめます。お米と伊賀肉は和食でも洋食でもおいしくいただけます。

名阪茶屋のこだわり。こころ、素材、器などメニュー限定メニューの紹介、伊賀肉料理例ご案内。名阪茶屋の営業時間や地図、近辺の観光情報など。三重県、伊賀においでになった際は是非お越し下さい。お問い合せ。予約は電話のみのお受付となっております。

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携帯用HPもあります。
伊賀牛の美味しい所を使った旬のメニューや味を随時発信していますので、是非ご覧ください。

( http://www.meihanchaya.com/m/index.php )

映像案内。店内の様子を動画で配信しています。

名阪茶屋の館内を動画でご覧いただけます。
座敷・レストラン・伊賀肉。当店のこだわりをごゆっくりご鑑賞ください。

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 伊賀上野城(別名 白鳳城)  
 茶屋から北東へ4km


 上野城は、木造三層の復興天守閣で伊賀上野の郷土資料を展示しています。
「白鳳城」と呼ばれる美しい城で、高石垣は黒沢明監督の映画「影武者」のロケにも使われました。





俳聖殿 

 
茶屋から北東へ4km

 上野公園に俳聖松尾芭蕉を顕彰するために建てられた風変わりで壮大な殿堂の俳聖殿が建っています。この建物は、昭和17年(1942)芭蕉翁生誕300年を記念して、地元出身の代議士故川崎克氏が私財をもって建築したものです。
木造檜皮葺き屋根の二層の塔建てで、初層は八角、二層は丸型という八角重層塔建式の特殊な構造の建物です。旅に生涯をおくった漂泊の詩人芭蕉翁の旅姿を象徴しています。二階の屋根は旅笠、「俳聖殿」の文字(故川崎氏の書)辺りは顔、一階の八角型の屋根は衲衣(着用していた衣服)の肩から腰の姿、その屋根を支える周囲の柱は足と杖を表しています。設計者は建築学界の泰斗故伊東忠太博士(東京大学名誉教授)で、氏は京都の平安神宮や東京の明治神宮・築地本願寺をはじめ数多くの建築物の設計に携わっています。
 俳聖殿内には伊賀焼の芭蕉翁座像が安置されています。原型は芸術院会員の故長谷川栄作氏が製作、伊賀焼の研究家としても知られる故川崎克氏が自ら築いた伊賀窯をもって焼き上げたもので、等身大の伊賀焼はかつての陶窯の歴史に例を見ない大作であり、穏やかな風貌の瞑想像は陶芸芸術の傑作といわれています。
毎年10月12日の芭蕉翁の命日にはここで「芭蕉祭」が挙行され、翁の業績を称え遺徳を偲んでいます。




 伊賀流忍者博物館 
  茶屋から北東へ4km

 歴史の舞台裏で活躍した忍者。知略と武芸に優れ、神秘的な術を思い浮かべがちです。
しかし実際の忍術は「心・技・体」を磨くことを目的とした鍛錬法を指していました。
たとえば食事は、隠密行動に支障をきたさないよう、穀物を基本とした低カロリー・高たんぱくの健康食。ダイエット実践の先駆者でもあったのです。
公式HP http://iganinja.jp/japanese/menu.html)



鍵屋の辻道標 

  茶屋から北東へ3.5km

伊勢街道と奈良街道の分かれ道。
ここ鍵屋ノ辻は「一富士二鷹三なすび」で有名な日本三大仇討ちのひとつ伊賀越え仇討ちが行われた県史跡でもあり、
「ひだりなら道 みぎいせミち」
と記された道しるべが静かに歴史のドラマを語っています。




鍵屋の辻[数馬茶屋] 

 
茶屋から北東へ3.5km



芭蕉翁生家 

  茶屋から北東へ4.5km

貞享四年(1687)芭蕉翁冬の作。
季語は年のくれ。「笈の小文」の旅で貞享四年の十二月に故郷に帰って詠んだ句である。
知足撰『千鳥掛』(正徳二年刊)は、この句の前詞に「歳暮」と題し
「代々の賢き人々も、故郷はわすれがたきものにおもほへ待つるよし。我今ははじめの老も四とせ過て、何事につけても昔のなつかしきままに,はらからのあたまよはひかたぶきて侍るも見捨てがたくて、初冬の空のうちしぐる丶此より、雪を重ね霜を経て.師走の末伊陽の山中に至る。猶父母のいまそかりせばと、慈愛のむかしも悲しく、おもふ事のみあまたありて。
古里や臍の緒に泣くとしのくれ 芭蕉  とある。